Photographer 中野崇之
1973年生まれ
大阪府堺市で両親と姉に可愛がられ、平凡な4人家族で育つ。
小学生時代は運動よりも勉強が好きな、変わった小太りの子供だった。
絵も得意だったあの頃に、今まで生きてきた中で最高の賞賛を受けた。
それからは芸術の才能が眠りっぱなし。。(マグレだったか)
中学に入ると、体格が明らかに変化し、勉強よりも運動という、正反対の体育会系へ。
その頃がおそらく人生で一番のモテ期。
高校受験に失敗。
地元の公立高校へ進み、運命的にラグビーと出会うも、無念・・1年で退学に。。
翌年、大好きなラグビー部が無い公立高校を再受験。
在学中は不名誉な記録を作るも、無事卒業。
高校卒業後、就職はしてみたものの、すぐに退職。
その後、ミナミの真ん中でキャッチのお兄さんになる。
世の中に不条理を感じ(?)、さらにフラフラしている自分自身を変えるため、
新しい何かを始めようと、思いつきで写真を始める。
そこでビジュアルアーツ専門学校を選んだのだが、
商業写真を目指す自分と、写真作家を目指す同級生達とのギャップに戸惑いながらも、
熱い先生方や仲間達とのふれあいにより、徐々に写真というものにのめりこんでいく。
学生時代に知り合ったPhotographer ZIGEN氏の下へ弟子入りすべく上京。
なかなか難しく、半年で挫折。
その後、昼夜問わず、工事現場の交通整理などで資金を作り、3ヶ月間南米一人旅を慣行。
当時はチェ・ゲバラ 没後30年のため、エキサイトしていた。
帰国後、職探しのため、コマーシャルフォトという雑誌を開くと、新しいスタジオが出来るという情報が。
そこ、イイノ広尾スタジオでの初代スタジオマン募集という記事に飛びつく。
面接では南米旅行の話がうけたのか、定員オーバーにかかわらず採用決定。
職場、イイノ広尾スタジオでは、とにかく頑張る。頑張る。頑張った。
(後輩には怖がられてたのかな)
そのおかげか、著名なPhotographer達に指名を受け続け、人気スタジオマンとして、イイノ広尾スタジオの躍進に貢献。
2年間のスタジオマン生活に別れをつげ、2000年に独立。
その後、Photographerとしては、鳴かず飛ばずの日々が続くも、バイク便や工事現場での資材運搬などをこなしながら、写真を取り続ける。
そこそこ忙しくなる。
運の良いことに仕事も増えてきたので、2005年に法人化。
現在は、マルチに活動しております。
モットー
仕事はジェネラリスト
作品はスペシャリスト
ご飯は大盛り

